岐阜地方裁判所 昭和62年(行ウ)1号 判決 1987年8月17日
岐阜市曽我屋一五四六番地
原告
坂口幸雄
同市千石町一丁目四番地
被告
岐阜北税務署長
児島登
右指定代理人
宇野力
同
中垣内進
同
中島勝
同
大堀仁志
同
長谷川武一
主文
一 本件訴を却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 原告の請求趣旨は、次のとおりであり、その請求の原因として主張するところは、別紙(一)、(二)(訴状及び準備書面(一))に記載のとおりである。
1 岐阜北税務署長昭和五七年一〇月二三日受付の相続税申告書による原告の申告額一六五万五一〇〇円の内九三万八四〇〇円を上回る部分の納税義務の確定については、これを無効とする。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 右に対する被告の答弁は、別紙(三)(答弁書)記載のとおりである。
三 当裁判所の判断
1 本訴請求の趣旨は、当初訴状においては、「右一の1記載相続申告書による原告の申告額一六五万五一〇〇円の内九三万八四〇〇円を上回る部分については、これを無効とする。」となっていたものであるが、これについては被告より別紙(三)に記載のとおり、無効確認等抗告訴訟の形式選択の上で、原告の相続申告行為(の一部)自体の無効確認を求めるものと解さざるを得ないが、納税申告行為は行政処分性をかくから、不適法な訴であるとの指摘がなされたところ、これは被告の曲解であるとして(但し、この指摘は正鵠を得たものであるが)、「申告額という表示により申告行為自体の無効確認を求めているものと解される余地を無くし、請求の趣旨全体の文意を明確化する。」という説明で、前示のように訂正されたものである
2 右のような請求の趣旨訂正の経緯に徴すれば、本訴は原告のなした相続税申告行為自体の無効確認を求めるものと解すべきではないということになろうが、さりとて右訂正後の請求の趣旨自体その意味するところは定かで無い。
行政庁である岐阜北税務署長を被告としている上、原告自ら付した表題に無効確認の語が使用されている点や訂正後の請求の趣旨においても「無効とする」という表現が維持されている点をも勘考すれば、本訴は抗告訴訟の一類型として無効等確認の訴え(行政事件訴訟法三条四項)として提起され、かつその訴訟形式が維持されているものと解されるが、原告が本訴で無効であるとの確認を求めている対象は全くと言ってよい程定かで無い。
3 原告の付した本訴の表題が「相続税申告額無効確認」となっていて、原告がその提出にかかる訴状や準備書面(一)において「申告額」という言葉に固執している点をも考慮し、訂正後の請求の趣旨の文言に忠実に、強いて解釈するとすれば、原告の申告額中九三万八四〇〇円を超える金額部分の無効確認若しくは同額部分の納税義務確定という法的効果の無効確認を求めているものとでも解されようか。右法的効果を将来した法的要件の中、原告の申告行為以外のものの無効確認を求めていると解するには、その法的要件の特定がない。
確かに原告は、右各書面において、原告の請求に基づき被告の為した減額更正処分の内容、就中農地についての評価額に不服がある旨表明していて、右準備書面では審判の対象は右減額更正処分中の原告の主張を一部認めなかった処分(原告の命名では不更正処分)であるとの表現も見られるのであるが、請求の趣旨自体からは右減額更正処分の無効確認を求めているものとは到底解されない。尚本訴提起に至る経緯が別紙(三)において被告の主張するとおりであることは、当裁判所に顕著な事実であるが、原告は右前訴においても、被告の為した農地についての評価ないしはその評価額という言葉に固執して、取消の対象は更正処分自体ではなく、同処分において被告の為した評価額の一部ないしは評価行為であると主張して譲らなかったため、結局前訴は不適法却下となり、確定したものである。
4 そうすると、原告の相続税申告額中、原告が納税義務不存在と主張する金額部分につき、国を被告として租税債務不存在確認の訴ないしは過誤納付金の返還請求をなし、その前提として右のような漠然とした主張を為しているならともかく、行政庁を被告として、直接前示のような事項の無効確認を訴求する本訴は、不適法として却下を免れない。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 大月妙子)
別紙(一)
訴状
岐阜市曽我屋一五四六番地
原告 坂口幸雄
岐阜市千石町一丁目四番地
被告 岐阜北税務署長
井上清
相続税申告額無効確認
訴訟物の価額 金一三三、〇〇〇円
貼用印紙額 金一、五〇〇円
請求の趣旨
岐阜北税務署長昭和五七年一〇月二三日受付の相続申告書による原告の申告額一、六五五、一〇〇円のうち九三八、四〇〇円を上回る部分については、これを無効とする。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
(農地等の相続)
一、原告は、昭和五七年四月二三日、別紙記載の農地等十三筆(以下、本件農地等という)を相続に因り取得した。
(転用の見込みなし)
二、本件農地等は、全て一級河川の河川区域内にあり、何ら転用の見込みのない土地である。すなわち、その利用法は恒久的に農業利用する以外にはなく、それも、その主要部十一筆は自然条件等が劣悪なため、原告の取得当時は河川改修の残土により埋め立ての途中であって、地目の確定も困難な状態だった。
(評価倍率の高騰)
三、(1) それにもかかわらず、被告の上級行政庁である名古屋国税局長は、本件農地等の評価に当たり、その固定資産税評価額に対する相続財産価額の評価倍率(以下、評価倍率という)を、原告相続の直前の二年間で三倍内至三・二倍にも引き上げた。
(2) この異常な評価倍率の高騰は、本件農地等の大半(十一筆)が所在する岐阜市大字曽我屋地内の農用地(純農地)について見ると、昭和五四年に田の評価倍率が二五であったのが、翌年は二・四倍の六〇にはね上がり、さらにその翌年は八〇にも上昇している。
(3) こうした評価倍率の急激な上昇は、畑の場合も同様であって、具体的には昭和五四年に三〇であった畑の倍率が翌年は一気に二・三倍の七〇にはね上がり、その翌年はさらに九〇にまで上昇している。
(4) その直後に当たる原告相続の年である昭和五七年は、評価倍率がわずかに低落したが、それでも田の倍率は七八、畑の倍率は八八、また原野の倍率は五〇であって、その評価水準は依然として前年並みといってよい。
(5) また、その評価倍率によって本件農地等の評価額を計算すると、その総額は五、七七八、〇〇〇円であって、この額は昭和五七年の岐阜県地域における法定農業投資価格(名古屋国税局長決定、千平方米当たり田=六四〇、〇〇〇円、畑=四六〇、〇〇〇円)の実に五・四倍にものぼる法外なものである。
(転用含み評価)
四、(1) そこで同じ期間における当該地内の、すなわち曽我屋地内にある非農用地区域について、田畑の評価倍率の推移を見ると、昭和五四年に田の倍率が四〇であったのが翌年は一気に二倍の八〇にはね上がり、その翌年はさらに一〇〇まで上昇している。
これは、畑の場合も同様であって、具体的には昭和五四年に四五であった畑の倍率が翌年は一気に二倍の九〇にはね上がり、その翌年はさらに一一〇にまで上昇している。
(2) また、原告相続の年である昭和五七年は、当該非農用地区域においても、前記農用地区域と同様、わずかではあるが、評価倍率が低落し、田の倍率は九四、畑の倍率は一〇〇(大字一日市場地内=一一〇)となっている。
(3) そこで、こうした非農用地区域と農用地区域における田畑の評価倍率の推移を比較対照して考察して見ると、二つの区域における評価倍率の急激な上昇ぶりやその低落現象がそれぞれの時点において余りにも近似していることが分かる。
また、その近似性は、二つの区域の間の近接関係等を考慮すれば、それぞれの評価倍率が密接に連動して設定された結果であると言わなければならない。
(4) ちなみに法定農業投資価格については、長期安定の傾向が見られることに十分留意したい。すなわち、岐阜県地域における名古屋国税局長決定の農業投資価格は、それが新設された昭和五〇年以来、七年間にわたり何らの改定もなく、その額は千平方米当たり田=六〇〇、〇〇〇円、畑=四三〇、〇〇〇円であった。その後、原告相続の年である昭和五七年に至って、当該農業投資価格は、田=六四〇、〇〇〇円、畑=四六〇、〇〇〇円に改定されたが、金額的には六%内至七%の引き上げに留まっている。
(5) もちろん、こうした農業投資価格の安定的推移の傾向は、本県農地等の所在する岐阜市地域の場合も決して例外ではなく、それは例えば当該地域の農業事情を反映する標準小作料等の推移からも容易にうかがうことができる。すなわち、同市の標準小作料は、それまでの統制小作料(標準六、八二六万=単位千平方米)に代わるべきものとして昭和五〇年に新設されたが、その移行期間ともいうべき六年間のうち当初の三年間は、千平方米当たり上田=一八、〇〇〇円、下田=一五、〇〇〇円であり、また次の三年間は上田=二一、〇〇〇円、下田=一八、〇〇〇円であった。
その後、同市の標準小作料は三回目の改定がおこなわれ、従来の統制小作料は撤廃されたが、その改定額は上田=二四、〇〇〇円、中田(新設)=二一、〇〇〇円、下田=一八、〇〇〇円であり、また過去三回にわたる改定の上げ幅は年平均千円前後であって、しかも、その後改定は行われていないので、同市の場合、標準小作料は明らかに長期安定化が定着している。
中でも、本県農地等の場合は、その固定資産税評価額等から見て、田の等級が明らかに下田またはそれ以下に相当するので、その標準小作料は第二回改定の昭和五三年以降、何らの変動もなく長期固定化が実現しているのである。
また、その背後にある農業事情については、全国的な減反政策の中で、大量の農地が、いわゆる休耕によって相対的に余剰地化している事実を見ただけでも容易に理解し得るところである。
(6) したがって、前記農用地区域における田畑の評価倍率の高騰は、決して農業投資価格等の上昇によるのではなく、その他の要因――すなわち、非農用地区域における農地転用のための取引価格またはその強い影響下にある転用代替農地の取引価格(農地法第三条による)等の上昇によるものと言わなければならない
これは、土地評価の手法から言えば、農地等の「転用含み評価」または「宅地見込み評価」の結果にほかならないのである。
(時価の解釈の誤り)
五、(1) ところで、こうした農地等の転用含み評価は、税務職員の独断的行為ではなく、国税庁の通達に基く法解釈の誤りによるものであることを指摘しなければならない。
ここで法解釈の誤りとは、国税庁の「相続税財産評価に関する基本通達」(昭和三九年四月二五日直資五六直審(資)一七)における時価の解釈の誤りである。
(2) 右通達(以下、評価通達という)によると、相続税法に定める「時価」とは、「それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」をいうものと定義されている。
(3) この中で「それぞれの財産の現況に応じ」とは、土地の評価にあっては、いわゆる「現況地目」によるものと解される。
(4) しかし、これに続く「不特定多数の当事者間で――認められる価額」とは、地価公示法第二条に定める「正常な価格」または国土利用計画法施行令第九条に定める「標準価格」の定義と基本的に同一の内容である。
しかも、ここでいう「正常な価格」または「標準価格」とは、いずれも「土地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格」と定義され、それも農地等については、それぞれそのただし書きにおいて、農地以外への転用の場合を除き原則として適用除外が定められているところがある。
(5) したがって、評価通達の「時価」の定義を農地等の評価に適用することは、とりもなおさず「正常な価格」または「標準価格」の定義を一般農地等の評価に適用することにほかならない。
これは、土地についての評価の実務にあっては、地価公示価格等を「時価」として土地の評価をすることがあり、したがってまた、一般農地等の評価にあっては、いわゆる「転用含み評価」または「宅地見込み評価」にほかならない。
しかし、これは、当然のことながら、農地等への適用除外を定めた地価公示法はじめ不動産鑑定評価法、さらには国土利用計画法等の要請にも基本的に合致しないものと言わなければならない。
(6) もちろん、こうした一般農地等の転用含み評価は、農地等の将来における転用を想定し、したがって当該土地の評価の時点においては何ら実現していない財産価値を、あたかもすでに実現したかの如く、あるいはまた近く実現するかの如く仮定して評価するものであるから相続税法の評価の原則に定める「当該財産の取得の時における時価」――すなわち、その取得の時において現に実在する財産価値を評価するものでないことは全く明らかである。
したがって、農地等の転用含み評価は、相続税法の評価の原則に明らかに反するものである。
(農地等の物納拒否)
六、(1) しかも、こうして違法に評価された農地等は「法令に譲渡に関して特別の定めのある財産」または「売却できる見込みのない不動産」に該当するものとして、当該評価額による物納が事実上、認められていない。
これは、相続税法基本通達(昭和三四年一月二八日直資一〇)により「管理又は処分をするのに不適当な財産」として物納財産の変更が求められるからである。言い換えれば、農地等の物納申請があった場合には原則的に「管理又は処分をするのに不適当な財産」として、宅地等への物納変更が求められるわけである
(2) しかし、税務当局がどのような理由をつけるにせよ、もともと国土の一部であり、また営農の基盤である一般農地等が「管理又は処分をするのに不適当な財産」でないことは、農地等の国家買収とその売り渡しを定めた農地法や、また国有農地等を含む一般国有財産の管理と処分について定めた国有財産法の諸規定に照らせば明らかである。
(3) したがって、税務当局(または財務当局)が一般農地等の物納を認めようとしないのは、その土地自体に問題があるのではなく、税務当局自ら決定したその評価額にこそ問題があるものと言わなければならない。
しかし、このような土地の評価価額に関する問題を理由とする物納財産の変更または物納拒否は、財産価額による収納を定めた相続税法の物納規定に反することは明らかである。
(更正の請求)
七、 そこで、原告は、農用地区域を含む河川区域にあって、恒久的に農業利用するしかない本件農地等について、転用含みの評価をするのは、明らかに不当かつ違法であるから、これを農業投資価格により再評価するよう更正の請求をした。
(一部減額更正)
八、 これに対し被告は、原告の請求の一部を認め、本件農地等の再評価額を二、七八八、〇〇〇円に半減させ、また原告の納付すべき税額を一、〇七一、四〇〇円に減額した。
しかし、この減額更正後の再評価額は、なお法定農業投資価格の約二・六倍にものぼる高額なものである。
(異議申立)
九、 このため、原告は再度、法定農業投資価格により評価し直すよう異議申し立てをしたが、被告は「農業投資価格と一致しないからといって、何ら違法、不当となるものではない」とうそぶく有り様である。
(評価無効)
十、(1) しかしながら、こうした税務当局による土地の評価は、それ自体、何らの法律効果をも生ずるものでないことは、被告はじめ法務当局の自認するところである。
(2) したがって、被告による本件農地等の評価額の決定は、それ自体、何らの処分性もなく、したがってまた何らの公定力もなく、まして原告の納税義務に何らの影響も及ぼすものでないことは全く明らかである。
(3) とりわけ相続税のように、申告納税方式の国税にあっては、基本的には納税義務者自らが、それぞれの相続財産の価額を法の規定に従って評価し、これに基いて課税価格等または税額等を計算して申告するのが法の要請するところであるから、申告後といえども、その納税義務者が税務当局の一方的な転用含み評価を受忍すべき法的根拠はないものと言わなければならない。
(4) もし、そうした一方的評価を受忍しなければならない場合があるとすれば、それは納税申告書に記載された課税価格等または税額等が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税価格等または税額等が税務署長の調査したところと異なるような場合であるが、しかし、たとえそうした場合であっても、その調査自体は法の定めるところに従って行われなければならず、したがって本件農地等の財産価額の調査にあっては、当該調査の成果である評価額の決定が相続税法の評価の原則はもとより、その他法の諸規定に合致するものでなければならないことは、今さら言うまでもないことである。
(法定価格)
十一、(1) しかるところ、名古屋国税局長決定の農業投資価格は、相続税法所定の土地評価審議会にはかつて決定されたものであるから、租特法はもとより相続税法の評価の原則に合致する法定価格と言わなければならない。
(2) これに対し、農地等の評価倍率や個別方式による評価額なるものは、土地評価審議会にはかって決定されたものではなく、単に被告等が評価通達に基いて、それも「時価」に関する誤った法解釈に基いて決定したものであって、それ自体、何らの法律効果をも生ずるものではないことは全く明らかである。
(3) したがって、右評価倍率または個別方式による評価額を、課税価格等の計算の基礎とする原告の申告額ならびに被告の更正額も、やはり必然的に誤りであって、その違法性は明白かつ重大である。
被告ならびにその上級行政庁は、本件農地等の価額について、相続税法に定める「時価」の解釈を誤り、地価公示価格等に比準して違法な転用含み評価を行ったので、原告は、請求の趣旨記載の通り、原告の相続税申告額のうち右転用含み評価に相応する部分の申告額については、これを無効とする、との判決を求める。
一、本件農地等一覧表
昭和六二年三月二三日
原告 坂口幸雄
岐阜地方裁判所 御中
本件農地等一覧表
<省略>
<1>-<9>根尾川左岸
<10> <11> 〃 右岸
<12> <13>伊自良川右岸
岐阜市曽我屋1546番地
原告 坂口幸雄
別紙(二)
準備書面(一)
原告 坂口幸雄
被告 岐阜北税務署長
右当事者間の昭和六二年(行ウ)第1号相続税申告額無効確認請求事件について、原告は左のとおり弁論を準備する。
一、本件訴訟の審判の対象について
被告は、その答弁書で「本件訴訟は、原告の相続税申告行為それ自体の無効確認を求める訴訟であると解さざるを得ない」と述べているが、これは次に述べる理由により明らかに被告の曲解であると言わなければならない。
(原告の意図の曲解)
1、 原告の納税義務は、もともと申告によってではなく、相続によって成立したものである。したがって、原告は、その申告が過大だったからといって、自らの納税義務履行の一つでもある申告行為それ自体の効果を前面的に否認し、ひいては税法上の無申告者になろうとの意図も必要もない。
(訴えの利益)
2、 また、原告は、そうした申告行為それ自体の無効確認を求めても、納税義務の確定手続上、更正処分の効果がそのまま残るのであれば、そこに格別、訴えの利益があるとは認め難い。
そうかといって、原告はまた、更正処分の全てが無効となり、申告の効果が全て残るのであっても、やはり格別、訴えの利益は認め難いであろう。
(審判の対象)
3、 原告が無効確認を求めているのは、訴状の表題に「相続税申告額無効確認」とあるように、申告行為それ自体についてではなく、原告の納付すべき税額としての申告額に関してである。
(申告額の意味)
4、 もっとも、「申告額」という用語自体は、税法上、格別の定義が見当たらないけれども、社会通念としては、申告記載の「納付すべき税額」に相当する金額を指すものと解され、したがって第一義的には、原告の「納付すべき税額」として申告された金額を意味するものと言う。
(申告額の内容の変化)
5、 しかしながら、右の金額はその後、原告の「納付すべき税額」ではないことが、被告の行った減額更正処分によっても明らかとなったので、本件訴訟の現段階に至っては、もはや納税義務の存在する金額ではなく、単に申告に係る金額に過ぎない。
ところが、このような意味内容の変化する金額を包括的に表現する適切な用語が税法上、見当たらないので、原告としては便宜上、社会通念に照らして、これを「申告額」と表現したまでであって、そこに「申告」という文字があるからといって、あえて「申告」と同義であると解するのは、用語の解釈法として、いかがなものであろうか。
(被告の解釈法)
6、 もし、そうした解釈法が税法上、許されるものとするならば、例えば国税通則法第五章の表題に「国税の還付」とあるからといって、被告はこれを「国税とは、還付すべきものである」と解釈して、それが過誤納金等に該当するか、どうかを確認することもなく、納税者に還付するのであろうか。もし、そうだとすれば、被告の解釈法は、何とも原告の理解に苦しむところと言わなければならない。
(本件の訴訟物)
7、 原告が無効確認を求めている被告の行政行為の内容は、具体的には請求の趣旨の後半に「九三八、四〇〇円を上回る部分については、これを無効とする」と記載されているように、被告の更正処分によって新たに確定された「納付すべき税額」の一部に係る当該確定のための行為である。
したがって、その税額確定行為に係る「納付すべき税額」の上限は、被告の更正処分によって新たに確定さた「納付すべき税額」一、〇七一、四〇〇円である。これが本件訴訟物の価額の上限である。
このことは、本件訴訟物の価額が表示の通り、申告による「納付すべき税額」との差額としてではなく、更正処分による新たな「納付すべき税額」との差額として計算されていることを見ても明らかである。
(納税義務の確定無効)
8、 そんなわけで、原告は、被告の更正処分に係る「納付すべき税額」の確定について、その一部無効の確認を求めるため、訴えの利益等を考慮して、税法上の各種段階における「納付すべき税額」の抱括的表現として、その出発点である申告にちなんで、これを「申告額」と表示したのであるが、もし、被告において当該「申告額」をもって申告行為それ自体であると解する余地があるならば、これを受ける請求の趣旨の後半において「納税義務の確定」の語句を加え「九三八、四〇〇円を上回る部分の納税義務の確定については、これを無効とする」として、請求の趣旨全体の文意を明確化するにやぶさかではない。
二、 納税義務確定の処分性について
(被告の企図)
1、 被告は、答弁書で申告に関する各種の判例をあげて申告行為それ自体の処分性の欠如を強調しているが、これは相続税についての国民の納税義務の本来の意義を故意に曲解し、その確定手続を申告のみに局限して問題の本質をそらそうとする脱法的企図にほかならない。
しかしながら、このような被告の企図は、被告が自ら行った国民の納税義務確定行為の本源的な処分性にかんがみて明らかに失当である。
(審判の対象)
2、 問題は、被告が行った更正処分、すなわち減額更正処分の中に本件訴訟の審判の対象が含まれているか、どうかに帰着するものと思われる。
(減額更正の内容)
3、 そこで、被告による減額更正処分の内容を分類してみると、大別して
<1> 原告の主張の一部を認めた処分
<2> 原告の主張の一部を認めなかった処分
<3> その他の処分
の三つになるものと思われる。
このうち、原告が無効確認をもとめているのは、<2>の「原告の主張の一部を認めなかった処分」についてである。これは、原告からすれば、言わば「再更正を要する処分」であるが、税法上、これを表現する適切な用語が見当たらないので、便宜上、これを「不更正処分」と呼んで区別したい。
(不更正処分)
4、 そうすると、本件訴訟の審判の対象は、この「不更正処分」――すなわち、「原告の主張の一部を認めなかった処分」であり、したがって問題は、ここでいう不更正処分が、税法上の更正処分の一部なのか、それとも申告の一部なのか、に帰着するものと思われる。
(更正等の効力)
5、 そこで、更正処分とは何か、その効力について、国税通則法の規定を見ると、その第二十九条に<1>増額更正<2>減額更正<3>その他判決等の三つの場合に分けて、その効力が規定されている。
この中で、本件の場合は<2>の減額更正に該当するので、ここに関係文を引用すると、「既に確定した納付すべき税額を減少さもる更正は、その更正により減少した税額に係る部分以外の国税についての納税義務に影響を及ぼさない」と規定されている。
したがって、減額更正処分においては、その更正の効力は、ある有額の国税についての納税義務(単なる「納付義務」でないことに留意したい)に影響を及ぼさないものであることが分かる。
(国税の多義性)
6、 また、この規定をよく見ると、「国税」と呼ばれるものの中に<1>減額更正の効力が及ぶ範囲内にある国税と<2>その範囲外にある国税という二種類の正反対の概念が含まれていることに気づくであろう。
(税額の多義性)
7、 また、これと同じように「税額」という用語についても、<1>「納付すべき税額」のほかに<2>「減少した税額」、言い換えれば「還付すべき税額」という正反対の概念が共存していることに気づくであろう。
(納税義務の多義性)
8、 そんなわけで、税法上の「納税義務」についても、その使用例と意義が明らかにされる必要が出てくるものと思われる。
そこで、国税通則法第一条の「目的」を見ると、「もって国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資することを目的とする」と定められている。これは、税法一般に共通する目的を表わす部分でもあるから、この中の「国税の納税義務」というのは、憲法第三〇条の「納税の義務」、すなわち「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」に由来するものであることは明らかである。
ところが、このほかにも「納税義務」の意義については、国税通則法の第十五条に「国税を納付する義務」として『源泉徴収等による国税については、これを徴収して国に納付する義務。以下「納税義務」という』――と、その定義が明示されている。
しかし、本件の相続税の場合は、申告納税方式であって、その納税義務は、源泉徴収等の徴収義務に由来するものではないことは明らかであるから、以下においては、国民の「納税の義務」に直接由来するものを単に「納税義務」または「国民の納税義務」と呼び、その他の源泉徴収や還付、過談農納等に帰着するものについては、これを単に「納付義務」または「手続上の納付義務」と呼んで区別したいと思う。
(更正の効力と納税義務)
9、 そうすると、前記減額更正の効力に関する規定の中の「納税義務」は、本件の相続税に関する限り、国民の納税義務以外に存在し得ないことが分かる。
また、「その更正により減少した税額」というのは、そうした国民の納税義務に照らして「還付すべき税額」に相当する額の意味であることが分かる。
したがって、当然のことながら、こうした「還付すべき税額」と税法本来の「納付すべき税額」の二種類を内抱していることが判明した更正前の税額、すなわち「(申告等により)既に確定した納付すべき税額」というのは、国民の納税義務に照らして「還付すべき税額」部分がなくなるまで完全に更正されなければならないわけである。
(還付すべき税額と納付義務)
10、 そうだとすると、今や問題は、「その更正により減少した税額」が、国民の納税義務に照らして「還付すべき税額」の総額と一致するか、どうかに集約されてくるものと思われる。
もちろん、この場合、両者が完全に一致すれば、もはやどこにも「還付すべき税額」は存在しないので、当然のことながら、「その更正により減少した税額に係る部分以外の部分の国税」についての手続上の納付義務と、税法本来の国民の納税義務とは、完全に一致することになる。
しかし、両者が一致しない場合はどうか。この場合は、国民の納税義務に照らして「還付すべき税額」が、なおもって存在しているわけだから、この部分の国税についての”納税義務”なるものは、単なる手続上の納付義務でしかあり得ないわけである。
(更正の効力と納付義務)
11、 そうだとすると、こうした手続上の納付義務に対し減額更正の効力が影響を及ぼすか、どうかに問題は、集約されてくるものと思われる。
そこで、前記規定の後半をよく見ると、減額更正の効力は、「納税義務に影響を及ぼさない」ということであるから、これは「納税義務が存在する場合には、その納税義務に影響を及ぼさない」という意味があることが理解される。
規定の意味がこのように理解されると、減額更正の効力は、「納税義務が存在しない場合には、その納税義務に影響を及ぼす」と解さざるを得ないものと思われる。
もちろん、この場合、納税義務それ自体は、もともと存在しないのであるから、そこに手続上、あたかも存在するかのように見える義務は、納税義務それ自体であろうはずはなく、したがって、単なる手続上の納付義務でしかない。そうであるから、「その納税義務に影響を及ぼす」というのは、分かりやすく言えば、「その納付義務に影響を及ぼす」という意味であると理解されるわけである。
もともと、ここでいう減額更正とは、その本旨から言えば、そうした納税義務が存在しない場合の救済措置にほかならないので、これはごく当然の帰結であろう。
(影響の内容)
12、 そうすると、問題は、この場合の影響の内容が「その更正により減少した税額」の場合と異なるか、どうかに帰結するものと思われる。
そこで、この影響を及ぼす主体の側から考察してみると、その影響を及ぼす行為が「既に確定した納付すべき税額を減少させる更正」であることは、いうまでもない。
それでは、この中の「税額を減少させる更正」とは、税額それ自体の更正であろうか。それとも、課税標準等の更正であろうか。
国税通則法によると、更正の対象は、この二種類(第十五条)であるから、まず税額の場合から考察してみよう。この場合、当該更正の対象は税額それ自体であるから、「税額を減少させる更正」というのは、「税額を減少させる税額の更正」の意味であり、したがって、それは「税額が減少する更正」にほかならない。
そうであるから、この場合、減額更正の規定は、本来ならば、「減少する」という自動詞を使って表現するのが文法上の要請であろう。また、その方が後続の「その更正により減少した税額」の表現とも調和するように思われる。
ところが、原文は「減少させる」という、他動詞と使役の助動詞を使った表現であるから、その「減少させる」という能動的要因は、税額それ自体の中に客観的に存在するのではないと推察されるであろう。そうかといって、更正処分を行う者が恣意的に税額を増減させるのは、もちろん、税法の本旨ではないので「税額を減少させる」能動的要因は、課税標準等の中にこそあるものと言わなければならない。
したがって、「税額を減少させる更正」というのは、「税額を減少させる課税標準等の更正」の意味であることが明らかに理解される。
(同額更正と総額主義)
13、 そうしてみると、税法上の更正処分というのは、必ずしも税額上の変動を必要とするものではないことが分かるであろう。
もともと、更正の原義は、税法に限らず「あらため、ただす」ということであるから、税法の場合も、その原義をはずれるものではないのである。
そうであるから、課税標準等の更正の結果、増額と減額の要因が均衡する場合等、税額上の変動がない場合であっても、更正処分は成立するものと言わなければならない。
もちろん、この場合、税額上の変動がない以上、その税額は国民の納税義務に基くものとして税法上、確定される。これは、更正という手続それ自体が本来、国民の納税義務の確定にあることを思えば、全く当然の法律効果である。また、こうした税額確定の効果があればこそ、増額、減額の更正の効果も確定させ得るのだと言ってよいであろう。
それというのも、元来、金額上の計算というものは、どの部分に誤りがあろうとも、その誤りの効果は、必然的に総額の計算に及ぶからである。こうした金額上の計算においては、一部の金額が不確定ならば、総額もまた不確定となるのは、日常的に経験されるところである。
したがって、いわゆる「税額」も、それが金額の1つである以上、その内容はどの部分も全く均一であり、そうであるから必然的に総額においてのみ税額確定の意義を有するものといえる。いわゆる”総額主義”が成立し得るの、このためにほかならない。
(納付義務の消滅と形成)
14、 したがって、減額更正の影響は、その減額部分のみ及ぶものではないことは、金額計算の特性に照らしても明らかである。
そうであるから、申告等による手続上の納付義務は、減額部分に限らず全てが更正処分と同時に消滅するものと解さざるを得ないのである。
それでは、更正後になおもって存在する「還付すべき税額」部分についての納付義務は、いかなる手続によって確定されたのであろうか。もちろん、この場合、それが申告等によるものではないことは、前述の通りであるから、当該納付義務を確定させた手続は、更正処分それ自体をおいて他にないであろう。
したがって、更正後になおもって存在する「還付すべき税額」部分についての納付義務は、更正手続によって形成されたものとは解する以外にないものである。
(不更正処分と被告の認識)
15、 以上の通り、本件訴訟の審判の対象である「不更正処分」は、被告による更正処分の一環である。
このことは、被告が原告の異議申立に対し「農業投資価格と一致しないからといって、何ら違法、不当となるものではない」として、積極的に棄却した事実からも明らかである。
もちろん、被告に限らず、更正処分それ自体は、あらかじめ再更正の余地を残して行うものではないことは、国民の納税義務確定の本義に照らして明らかである。
したがって、原告は、被告が本件訴訟の審判の対象について「その処分性は認めるが、再更正の余地はない」と主張するのであれば、その主張行為自体は、被告の立場上、ある程度、やむを得ないものがあると推察するものである。
しかし、そうではなくて、被告が「処分性は、これを認めない」と主張するのであれば、原告は、税法についての被告の基本的認識において、欠如するものがあると指摘せざるを得ない。
問題は、原告が主張する「不更正処分」の部分に、原告に対する国民の納税義務が存在するか、否かである。原告は、それが存在しない以上、被告の更正処分に係る原告の納税義務の確定は、無効であるとして、その確認を求めているのである。
よしんば、右の主張に理由がないとしても、原告の主張を無視し、農業投資価格の二一三倍にものぼる高額評価をし、あえて過大な税額を確定させたのは、何人であったか。
そのような評価と計算をしたのが原告でない以上、過大な税額を確定させたのは、被告をおいて他にあろうはずがない。
またそうした被告による税額確定の行為は、公権力の発動でなくて何であろうか。
被告は、自らの立場に固執する余り、「国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資する」との国税通則法の目的を見失ってはいないだろうか。
(アルキメデスの原理)
16、 今、ここに原告は、アルキメデスの黄金の王冠の故事を例に引き、ひそかに被告の反省をうながすものである。
ここで王冠の材料である「純金」は農業投資価格を、また同じく「合金」は転用含み価格を意味するものとしよう。
また、実験に使う水は国税の計算方法を、その水位は税額を、そして王冠自体は課税標準を表すものとしよう。
もちろん、この場合、王冠の重量と水量、そして容器の容量並びにその形状は一定である。
まず原告から実験を始めよう。原告は合金の王冠を純金の王冠と思って容器の中へ入れた。その水位は一〇〇である。
次に被告は合金の王冠2を、やはり純金の王冠と思って容器の中へ入れた。その水位は五〇である。
続いて第三者が本物の純金の王冠を容器の中へ入れた。その水位は二〇である。
この実験で第一の水位一〇〇、第二の水位五〇、第三の水位二〇を確定させたのは何人であったか。答えるまでもなく、第一の水位は原告であり、第二の水位は第三者である。
それでは、合金の王冠を作ったのは、何人であろうか。原告は合金の製法を知らない。製法を知っているのは被告である。教えたのは、その上級行政庁である。そうだとすれば、王冠を作ったのは、やはり被告であり、そうでなければ、その上級行政庁をおいては他にない。
原告が無効確認を求めているのは、この実験で第三の水位二〇を上回る部分である。
実験は終わった。今や水は、それぞれ定位置を保って波もなく、その中でただ一つ純金の王冠が光り輝くのである。
三、請求の趣旨訂正の申し立て
請求の趣旨中
「上回る部分については」とあるのを「上回る部分の納税義務の確定については」と訂正する。
右のとおり準備書面をもって取り急ぎ申し立てる。
昭和六二年七月八日
原告 坂口幸雄
岐阜地方裁判所民事第二部 御中
別紙(三)
答弁書
第一 本案前の申立て
一 申立ての趣旨
本件訴えを却下する
訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求める。
二 申立ての理由
1 本件訴訟に至る経緯
(一) 原告は、昭和五七年一〇月二三日付けで、昭和五七年分の相続税の申告書を取得財産の価額二七一六万一一九六円、課税価格二六二一万円、差引税額一六五万五一〇〇円として被告に提出した。その後、昭和五八年一〇月二二日付けにて差引税額を八一万七七〇〇円に減額してほしい旨の更正の請求をなした。
これに対して、被告は、昭和五九年三月二九日付けで取得した財産の価額二三七一万四四〇〇円、課税価格二二七六万三〇〇〇円、差引相続税額一〇七万一四〇〇円とする更正を行った。
(二) しかるところ、原告は、昭和六一年五月九日相続税更正処分にかかる農地等の転用含み評価取消請求事件(昭和六一年(行ウ)第九号)として訴えを提起し、昭和六二年三月二五日の判決言渡し期日直前である同月二三日に至り、本件訴えを提起したものである。
なお、前記取消請求事件は、相続税更正処分にかかる農地などの評価行為が処分性を欠くとして訴え却下の判決が確定している。
2 本件訴訟の審判の対象と処分性の欠如
(一) 本件訴訟の審判の対象
原告は、請求の趣旨を「岐阜北税務署長昭和五七年一〇月二三日受付の相続税申告書による原告の申告額一、六五五、一〇〇円のうち九三八、四〇〇円を上回る部分については、これを無効とする。」として、相続税申告額無効確認を求めている。
右請求の趣旨や当事者(被告を国ではなく、岐阜北税務署長としていること)及び請求の原因を総合考慮すれば、原告の選択した訴訟形式は行政事件訴訟であり、かつ、過誤納金の返還や租税債務の不存在確認を求めるものではなく、実質的当事者訴訟(行政事件訴訟法四条)にも当たらないこと明らかであって、結局、本件訴訟は、原告の相続税申告行為それ自体の無効確認を求める訴訟であると解さざるを得ない。
(二) 納税申告行為の行政処分性
(1) 相続税は、納付すべき税額が納税者のする申告によって確定することを原則とし、その申告のない場合またはその申告に係る税額の計算が国税に関する法律に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長などの調査したところと異なる場合に限り、税務署長などの処分によって確定する申告納税方式(国税通則法一六条一項一号、同条二項一号)がとられている。
しかるに、無効確認等抗告訴訟の対象となるのは、いうまでもなく行政庁の処分であり、処分とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、行政庁などが、その優越的地位に基づいて直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することを法律上認められたものをいうとされている。
したがって、右処分性が認められるためには、その行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に影響を与えるような性質のものでなければならないところ、原告が無効な処分であるとする相続税の申告行為は、納税義務者と国との間の具体的法律関係すなわち租税債権債務関係を発生せしめるための一つの法律要件をなす前提事実に外ならないし、申告行為それ自体は、公共関係における行為ではあるが、一私人のものであって公権力の主体たる国または公共団体などが行う行為ではないのであるから、行訴法三条にいう処分とはいえない。
(2) 納税申告行為の行政処分性について、<1>東京高裁昭和四〇年九月三〇日判決(行集一六巻九号一四七七ページ)は、「申告行為は納税義務者との間の具体的な法律関係―租税債権債務関係―を発生せしめるための一の法律要件をなす前提事実にほかならないのである。ところが、法律関係そのものの存否ではなくして、法律関係発生の要件をなす前提事実にとどまるものの有効無効の確認を求める訴は許されないものと解すべきであるから、本件修正確定申告の無効確認を求める訴は不適法と言わなければならない。なお、右の申告行為は、公共関係における行為ではあるが、それは一私人のものであるから、行政事件訴訟法第三条にいう処分(行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為)といえない」とし、<2>新潟地裁昭和五四年三月一二日裁決(訟務月報二五巻七号一九六七ページ)は、「修正申告の法的性質を考えるのに、右行為はこれより税法所定の税額を確定する効果を生じる納税者たる私人の公法行為に属するということはできるが、申告納税主義を建前とする原則の上で、納税者の発意による申告行為の形式を採り、それ以外にあり得ない性質上の限定を本来的に有しているから、行政事件訴訟法第三条にいう公権力の行使たる処分に該当しない」とし、<3>福岡高裁宮崎支部昭和六〇年八月九日判決(直接国税課関係判決要旨集Ⅰ五四一ページ)は、「右申告は公法上の行為ではあるが、あくまで私人たる納税者自身の行為であり、ここに税務署長の行う処分は存在しない。したがって、右所得金額の確定については、取消の対象たる行政処分を欠くことが明らかである」と判示している。
また、右各判例は、いずれも納税申告行為それ自体を審判の対象とした場合について判示したものであるが、右<1>判決の上告審判決である最高裁昭和四二年五月二六日判決(訟務月報一三巻八号九九〇ページ)は、請求の趣旨を解釈して「本件訴えは、修正申告そのものの無効確認を求めるものではなく、『修正申告による課税』処分の無効確認を求めるものである」としながら「申告納税方式をとる所得税にあっては、納付すべき税額は、納税者の申告があれば、特に税務署長において更正をする場合を除き、その申告によって確定し、納税者は申告に係る税額を納付すべき義務を負担するにいたるのであって、所論のごとく、申告による課税処分なるものが行われるものではなく、またそれによって税額が確定されるというわけではない。それ故、本件『修正申告による課税』処分無効確認の訴えは、法律上存在し得ない処分の取消をもとめるものであって、不適法といわざるを得ない。」と判示した。
なお、右最高裁判決の事案における請求の趣旨は、本件訴訟におけるそれとは異なり、「修正申告及び更正処分による課税はいずれも無効であることを確認する」というものであり、本件における請求の趣旨については、「申告による課税」処分の無効確認を求めているものと解する余地はない。
(三) 結論
以上のとおり、原告が無効確認をもとめる相続税申告行為は、行政処分性を欠くものであり、法律上存在し得ない処分の無効確認を求める本件訴えは不適法として却下されるべきものである。
第二 本案の答弁
一 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する
訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の主張
おって、必要に応じ準備書面を提出する。
添付書類
指波書 二通